埼玉県のほぼ中央、川越市のすぐ隣に位置する川島町。 荒川・越辺川・入間川・市野川に四方を囲まれた、川に抱かれた町です。
大きなお寺も観光地もありませんが、農道や用水路沿いをゆっくり歩いていると、ひっそりと佇む石仏たちに出会えます。今回は長楽用水の起点・長楽堰からスタートして、川島町に点在する石仏をめぐってきました。
動画はこちらからご覧いただけます。
長楽用水とは
長楽堰は都幾川から水を引く、川島町の農業を支えてきた用水路の起点です。室町時代に開削されたという伝承が残り、全長15キロ以上にわたって田畑を潤してきました。今回はこの長楽用水沿いを歩きながら、石仏をたずねました。
川島町の石仏めぐり
用水路沿いのお地蔵さん

動画のサムネイルにも使用している印象的な一枚。素掘りの残る用水路のほとり、木の根元にひっそり立つお地蔵さん。赤い帽子とピンクのよだれかけをまとい、足元には風化の進んだ蓮台に小石が積まれ、脇には野の花が供えられていました。石自体はかなり古いものですが、今も誰かがこまめに手を合わせに来ているのが伝わってきます。川島町の石仏めぐり、最初の出会いはここからでした。
音羽橋の庚申塔

橋のたもと、ガードレールと柵に挟まれた小さなスペースに立つ庚申塔。自転車道の標識と並ぶように佇んでいます。遠目でもそれとわかる青面金剛像が浮き彫りされており、用水路に架かる橋の角という、昔から人の行き来が多かった場所に建てられ、今もなお見守りつづけています。
六地蔵橋

用水路沿いの土手に立つ笠付き六面石幢と石碑。コンクリート製の橋のそばに、ひっそりと並んでいます。橋の側面には「大正十三年十一月竣工」との文字が刻まれており、この場所が長く地域の要所だったことが伝わります。
辨財天女(正直)

ヤシの木や草木に完全に埋もれるように、4基の石碑が密集して立っています。正直地区に伝わる辨財天女の石碑群です。手入れはされていませんが、かつてここで手を合わせた人たちの姿が想像されます。藪の奥にこんな場所があるとは、歩いていなければ気づかなかったはずです。
上小見野のお堂

瓦屋根の立派なお堂の中に、赤い帽子とよだれかけをつけた地蔵尊が2体。奉納箱、千羽鶴、花束。丁寧に守られているのが一目でわかります。左脇には古い石碑も。散歩中に見つけた草むらに埋もれた石仏とは対照的な、大切にされている場所でした。
東大塚の庚申塔

畑のど真ん中に、笠付きの庚申塔がぽつんと一基。周囲には何もなく、遠くに土手と木立が見えるだけです。笠には地衣類が生え、相当な年月をここで過ごしてきたことがわかります。誰かに移動させられることもなく、ずっとここで畑を見守ってきたのでしょう。今回の石仏めぐりの中で、もっとも印象に残った一基です。
牛ヶ谷戸の庚申塔

青面金剛の浮き彫りが鮮明な庚申塔と、瓦屋根の立派な小祠がセットで祀られています。下段には三猿らしき像も確認できます。背後には耕された畑と高架が見え、農村と現代が混在する川島町らしい風景です。
出丸の地蔵尊

トタン屋根の簡素な覆い屋の下に安置された地蔵尊。台座は蓮台、花立てと水入れが供えられています。背後にはソーラーパネルと農道、トラクターで作業する人の姿。時代はどんどん変わっていくけれど、ここで変わらず道を見ています。
出丸の青面金剛

錆びたトタン屋根の覆い屋の下に、庚申塔が2基並んでいます。右の大きい方は青面金剛、下段に三猿。左の小さい方は、風化が進んだ馬頭観音と思われる像です。周囲は草に覆われていますが、屋根だけはしっかり守っている。誰かの気遣いが伝わってきます。
まとめ
川島町は大きな観光スポットがあるわけではありません。しかし、そこがいい。
農道や用水路沿いをゆっくり歩いていると、こんなにも多くの石仏たちが、ひっそりと今も立ち続けていることに気づきます。
お堂に丁寧に祀られているものもあれば、草むらに埋もれているものもある。帽子やよだれかけをつけてもらっているものもあれば、誰にも気づかれずにいるものもある。それでも石仏たちは、何十年、何百年もここに立ち続けてきました。
石仏を通じて、当時の人々の暮らしが静かに伝わってきます。時代は変わっても、その祈りの痕跡は色濃く残っている。派手ではないけれど、これは大切な遺産だと思いました。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
動画でも川島町の風景をお届けしています。ぜひご覧ください。

