こんにちは!今回の散歩日記は、秩父市にある御嶽信仰の霊峰「秩父御岳山」1080mです。御岳山と名前の付く山は日本におよそ30座以上はあるようですが、秩父御岳山は「木曽御嶽山」と同じ流れにあり、直接的なつながりがあります。前編では、麓の贄川宿(にえがわじゅく)から山頂まで、山頂で木曽御嶽山、秩父御岳山についても少し解説していきたいと思います。youtubeに動画をアップしております。是非ご覧ください!またこのブログでは、動画に無いシーンも写真付きで書いていきますので、よろしくお願いします。

スタートはここ、秩父鉄道三峰口駅です。以前長瀞駅で触れましたが、秩父鉄道は雰囲気、保存、歴史が素晴らしいです。駅舎については後編の最後にしたいと思います。それでは出発します。

てくてく歩いてくると、荒川に架かる三峰口の白川橋です。景色が素晴らしい。遠くに霞む先の尖った山は武甲山です。

突き当りを右折、秩父往還を進むと着きました、贄川宿(にえがわじゅく)です。かつて熱川と書いて(にえがわ)と呼んでいたそうですが、温泉が枯れてしまった為、贄川と漢字を変えたそうです。贄とは神様へのお供え物を指す言葉だそうで、霊場の雰囲気たっぷりです。

宮沢賢治や幸田露伴も立ち寄ったそうです。



古き良き静かな町並みにかかし達です。かかしの里は昔からではなく、地元の方たちが町おこしのために始めた取り組みだそうです。昔は宿場町として大勢で賑わっていたようですが、過疎化が進んでしまいました。賑わいを取り戻すため手作りのかかしをおよそ60体ほど設置されています。素朴です。シンボル的な建物を立てたり、ネオンを飾ったりとはまた違うとても良い雰囲気です。




御堂鐘地蔵尊(みどうがね)です。江戸時代中期、秩父三十四ケ所霊場巡礼は大いに賑わいました。贄川宿は三峯神社や両神山へ向かう最後の宿場だったらしく、たくさんの巡礼者たちがそれぞれの思いで、手を合わせ祈りを捧げたことと思います。ずっと読んでいくと「御堂鐘地蔵尊の十福」とあります。この地蔵尊、最強です。忙しすぎます、それも約270年です。と、労うのですが、私も頭を下げお祈りさせていただきました。無事に動画やこのブログが書けているので、叶えてもらいました、ありがとうございます。

釣りをしているかかし。

野で遊ぶかかし。向こうに埴輪もいます。


ここは登山口手前にある常明寺です。この地は即道という真言宗の僧侶の移住先だったそうです。スーパーマン僧侶で修行苦行で絶倫なる体力を養い、仏道、書学を習得、彫刻にも逸品を残しました。奇人即道と呼ばれていたそうです。享年48歳(西暦1730年)。



登山道に入りました。歩くとすぐ、このような変わった形の石幢やお墓が。このような奇形な石幢も即道が拵えたようです。

途中、贄川宿が一望できるスポット。とても長閑です。

絶対いけません。以前滝子山でも、「携帯灰皿ご自由にどうぞ」という以前設置されたものの名残がありました。さすがにもうそういう人は居ないと思いたいですね。


ここまで順調に登ってきました。実はこの少し手前に四等三角点「遠土の上」があるはずなのですが、行き方がわからず断念しました。ハントしたかったのですが、山で無理はできないので諦めました。その代わりの道標どんぐり。

もうすぐ山頂、注意が必要な箇所です。慎重に歩きます。

山頂無事到着しました。

ここ秩父は、御嶽信仰の総本山、木曽御嶽山を開いた普寛上人の出身地だそうです。御嶽信仰とは、「死後に魂が帰る霊山」として崇め、登拝の活動を通じて救いを求める山岳信仰。御嶽山そのものを神の坐す霊峰と見て、死後は御嶽山に魂が行き安らぐと考えるのだそうです。山岳信仰にも生きて神域に入ることはタブーとされ魂としてなら許されるという考え方や、御嶽信仰のように祈願や修行のために入り、祈りを捧げる登拝のような考え方も。今回普寛上人や古来の信仰に触れることができて、ありがとうございます。感謝。


祠の隣にある三等三角点「落合」標高1080.42mです。




一対の阿吽の狛犬です。祠に護符に梵鐘、三角点と40年以上守ってくれています。
前編はここまでにします。ありがとうございました。


